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Author:しゅうさん
 某公社(11年)→某県英語講師(2年)→オーストラリア語学留学→某中学講師→某中学教員
 常に気になっているのが地球環境問題と世の中どうすれば良くなっていくか。30歳過ぎてから読書にはまり、英語の勉強の合間にいろいろな本を読んでいます。

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「頑張らないけどあきらめない英語」の方もよろしくお願いします。(都内某所で英語勉強会も開催中です)

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2010/12/03 (Fri) 20:54
国民英語番号制

 今政治の世界で、国民番号制について議論がなされていますが、この制度を英語学習に応用すれば、日本は今よりもずっと英語先進国になると思います。

 またわけがわからないことを言っていますが、要は、今の自分の英語の実力は日本で何番目というのがわかるとかなりすごいモチベーションになると思うんですよ。1億2千万人の中で私が389万4954番(宝くじみたいですね)だとすると、人数が多いので2時間くらい勉強するとすぐに順位が上がるはずです。私なんて非常に単純だからちょっと順位が上がったと思うとさらにがんばっちゃう(笑)。

 問題はどうやってこの英語力を国に申告するかですね。一層のことTOEIC受験を100パーセント義務化しちゃえばなんて思ってしまいます。

 こんなアホなことを考えていないで、さっさと勉強します。

 
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英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812



nogaさんへ。

 私の冗談のような記事に真面目なコメントをいただいて大変恐縮です。

> 英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
> 完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
> 英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

 全くその通りです。片言どころか、ほとんど話せなくても暮らすだけなら可能だと思います。
 
 英語環境については私も大事だと思います。これは周りに外国人がいるいないの問題ではなく、例えば日本国内で日本人同士が英語で話していたら、ちょっと変わった目で見られる可能性もなきにしもあらずだと思いますし、学校で異常にうまい英語の発音をしたら、疎まれたりからかわれたりとかもあるかもしれません。こういったところから環境を少しずつ変えていくべきだと私は思います。

> 我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
> それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

 これは仕方ないかもしれません。英語を使えても仕事ができるかはわかりませんし、現状でそれほど必要でないのであれば、会社としては即戦力になる人をとると思うので。
 これは私の勝手な解釈ですが、即戦力になるような人は英語を本気で学習すれば、習得も速いように思います。仕事もできて、あとから英語もできるようになれば、会社としてはさらに問題がなくなります。英語力が優先される時代は来なくても、英語が使えて当たり前の時代は近いうちにくるかもしれませんね。

> 日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
> 一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
> 日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。
> > 日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
> それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
> 国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

 私も国が本気で英語について考えているなら、ここまでする必要があると思います。

> 国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
> 日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
> 英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
> 英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
> たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

 人を動かすには大きく分けて2つの方法があり、一つは恐怖で人を動かす方法、もう一つは喜ばせて動かす方法です。nogaさんが指摘なさっているのは後者ですね。具体的な方法はいろいろあるかも知れませんが、喜ばせて英語学習に対するモチベーションを上げる方法を国だけでなく、みんなで考える必要もあると思います。

> 英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
> 日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
> わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
> だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

 国民の英語力が上がれば、国際的な発言力も上がるかもしれませんね。私はこの点については深く考えたことはありませんが、少なくとも今よりも海外の動きに目を向ける日本人が増えると思います。

> 一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
> 我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
> 大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
> 現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

 確かに教育といえば私も子どもをイメージします。しかしながら、今は非常に不景気でさらに少子化が進んでおり、大人の学習者を呼び込みたい大学が非常に増えています。社会人の方で勉強をしている人は一頃よりもはるかにいると思います。これは学習であり教育ではないのかもしれませんが・・。

> 「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
> 「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
> 感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

 ここまで深いことは私は考えたことはありませんでした。すみません。

> 大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
> 無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
> 「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

 私は4年制の普通の大学に通ったことがないので、詳細はわかりませんが、今は非常に就職難なので、仮に遊んでしまったら、有名大学でも就職は厳しいのではと勝手に思っています。頭のいい学生ほど勉強に励んでいるかもしれませんね。

 コメントありがとうございました!

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